小堀鐸二研究所

2024年小堀研レポート

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令和6年能登半島地震の特徴と地盤被害の分析および『q-NAVIGATOR®』 の稼働状況

2024年1月1日16時10分に石川県能登地方を震源とするマグニチュード(M)7.6の能登半島地震が発生しました。当社では、発生直後からこの地震の調査、分析を行ってきました。その概要を以下に示します。

図1a ■地震の特徴
今回のM7.6は、1995年兵庫県南部地震(M7.3)以降、日本の内陸で発生した地震としては最大規模です。この地震により、石川県輪島市や志賀町で最大震度7を観測し、能登地方の広範囲で震度6強や6弱の強い揺れを観測しました。4月12日現在、死者数は245人、全壊・半壊家屋は27,000棟を超えるなど、大きな被害が出ています。M7.6の地震後の地震活動は、能登半島北部の北東―南西に延びる150km程度の範囲に広がっており、広範囲にわたって断層が動いたと考えられています。能登半島西方沖~北東沖には、海底に複数の活断層があることは以前から知られており、地震後の調査から、これらの活断層のいくつかが今回の地震で活動したことが分かっています。




図1b ■地盤の液状化被害に関する現地調査と分析
今回の地震では、石川県内を始めとした複数の地域で地盤の液状化が発生しました。当社は、石川県の金沢市・河北郡内灘町・かほく市周辺の被害調査を1月中旬に行い、特に海岸砂丘の陸側の広範囲で地盤の沈下や隆起といった大規模な地盤変状が生じ、多くの建物が沈下や傾斜等の被害を受けていることを確認しました。同地域では、通常の液状化に加えて、液状化した地盤が傾斜に沿って大きくずれ落ちる「側方流動」と呼ばれる現象の発生が被害を深刻化させました。一方で、被害が大きい地域の周辺には無被害の建物や地盤もあり、液状化対策の合理化や耐震性能評価の高度化の観点から、地盤調査や数値解析による被害差分析の必要性が指摘されています。現時点で得られる情報を元に、液状化を考慮した地盤応答解析を行い、実際の現象との対応関係について分析しました。









図1c ■建物安全度判定支援システムq-NAVIGATOR®の稼働状況
q-NAVIGATOR®は、地震直後に建物の構造安全性を自動判定するシステムで、2015年の事業化以後、導入建物が着実に増えています。今回の地震発生時までに累計553棟に導入されており、そのうち過去最多の428棟で地震の揺れを検知、観測しました。震源に近い石川県、富山県の建物では、震度5強の大きな揺れを計測しましたが、いずれも構造体は「安全」の評価でした。また、地震発生後、数分から1時間程度で各建物の観測記録や判定結果はクラウドサーバにアップロードされ、地震が発生した当日中に、当社技術者による観測状況の確認や顧客対応準備を行うことができました。



■今回の地震で得られた知見に基づくこれからの取り組み
当社は、現地での被害調査で認識された課題に対応するために、液状化現象の評価にも適用可能な高度な地盤解析技術を活かし、今回の被害の要因分析を行う予定です。併せて、地震時の事業継続性にも配慮した構造物の耐震設計・耐震性能評価に更に注力していきます。
また、今回q-NAVIGATOR®で観測された記録を始めとして、これまでに蓄積された観測記録の分析を進めるとともに、通信環境の改善や新たなサービスの提案を進め、構造安全性自動判定技術の利便性向上を図ります。


地震動の伝播経路における減衰特性推定手法の高度化

図2 設計用地震動など将来の地震動を想定するためには、実地震の観測記録を用いてその生成要因を適切に推定し把握することが重要です。当社では、地震動を構成する震源・伝播経路・地盤増幅特性を多数の地震観測記録の統計的な処理により推定する手法(スペクトルインバージョン)の高度化に継続的に取り組んでいます。
2023年度は、先端的なベイズ統計学の理論を用いて伝播経路特性の不均質性を従来よりも高い解像度で推定する手法(ベイジアンスペクトルインバージョン)を開発しました。
2008年岩手・宮城内陸地震の発生地域に適用したところ、地震動が周辺に比べ大きく減衰する領域が、既存手法よりも詳細に見えてきました。このような知見は、同地震で大振幅地震動が得られた要因の特定に加え、強震動予測の高精度化への活用が期待できます。
今後もさらなる手法の高度化を目指して開発を進め、地震現象に対する理解の深化を目指すと同時に、得られた知見の耐震設計・地震防災・減災への活用を推進する予定です。


超高層・免震建築物の耐震性検討に資する入力地震動評価

図3 2011年に発生した東北地方太平洋沖地震は東北から関東にかけて大きな揺れをもたらし、超高層建築物や免震建築物など固有周期の長い構造物においては、長周期地震動への対応が以前にも増して重要な課題となりました。2016年には国土交通省から、南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動への対策の必要性が示されています。さらに例えば関東地域では相模トラフ沿いの巨大地震、日本各地では活断層による地震等への対応が求められます。建設地域や建築物の特性を踏まえた上で、周辺で過去に発生した地震や今後の発生が想定されている地震を考慮した地震動評価が重要となります。
当社では、最新の知見を適宜反映しながら、地震動評価技術の開発・整備を進め、超高層建築物や免震建築物の耐震性検討に資する入力地震動評価を行っています。今後も公的機関等の動向に注目し、設計支援を継続していきます。


陸上および洋上の風力発電設備の地震荷重評価と認証取得に向けた支援

図4 再生可能エネルギーの導入促進に向けて、風力発電への期待が高まるなかで、現在、陸上と洋上で多数の事業が計画されています。当社は、高度な解析技術を活用して、それらの事業の設計業務に対応し、審査機関による認証取得のための支援を行っています。
陸上風力では、山地での基盤傾斜の影響など、難易度の高い立地条件に対応するため、有限要素法(FEM)解析を行っています。このような設計対応の他に、合理的な地震荷重評価法の構築を目指して、地震観測に基づく検討にも取り組んでいます。洋上風力では、建設地点の地盤条件を反映した地震荷重評価を行っています。また、陸上、洋上ともに、風力発電機が大型化しているため、風車と基礎・地盤を統合した一体モデルを用いて、高精度な評価を実施しています。当社は、今後も増加が予想される風力発電事業に貢献していきます。


高度地盤弾塑性モデルの導入による杭支持超高層建物の地震時応答評価

図5 建物の地震時リスク評価においては、地上躯体の耐震性能の適切な評価に加え、基礎部材の損傷や沈下のような地下躯体の挙動、さらには周辺地盤の変状の評価も重要となります。そのために必要な地盤解析技術は主に土質力学分野で発展してきましたが、その最新の成果は建築構造の応答評価手法に対して十分に展開されていません。
当社は、海外の研究機関や技術者との共同研究を通して、液状化の表現精度が高い最先端の地盤弾塑性モデルSANISAND-MSfを用いた解析ノウハウを獲得し、それを活用した杭支持超高層建物の地震時応答評価を行っています。このような検討を通して、建築物の応答評価手法を更に高度化させるとともに、地震後の事業継続性に影響する周辺環境の評価も視野に入れた統合的な耐震性能評価手法の構築に取組んでいきます。


既存杭を考慮した建物の設計法構築に向けた地震時挙動評価

図6 国土交通省の総合技術開発プロジェクト「建築物と地盤に係る構造規定の合理化による都市の再生と強靭化に資する技術開発」では、既存杭を含む敷地での新築建物の合理的な設計法の構築に向けた検討を行っています。当社は、本プロジェクトが開始された2020年度から、既存杭の利活用を想定したさまざまな解析に取り組んできました。
2023年度は、既存杭と新設杭の併用による杭剛性の違いや、既存杭の撤去による地盤の緩みの影響を受ける建物を対象として、静的な設計法の妥当性の確認を目的とした検討を実施しました。このうち、既存杭の利活用においては、剛強な基礎梁を条件とした静的な設計を行い、その結果を建物-杭-地盤一体の立体フレームモデルによる地震応答解析の結果と比較しました。これにより、既存杭を活用する際の設計的な着目点を明らかにしました。当社は、高度解析技術を基にして、精緻な耐震安全性評価に取り組みます。


超高層建築物の耐震安全性検証のためのCFT柱部材実験

図7 近年、発生が懸念される南海トラフ地震などにより、超高層建築物は振幅の大きいゆっくりとした揺れを長時間受ける可能性があります。このとき建物を構成する部材は、多数回の繰返し変形を経験するため、破断や耐力劣化が生じる恐れがあります。当社では、超高層建築物に多く使われるCFT(コンクリート充填鋼管)柱の多数回繰返し変形性能評価に資する技術開発に取り組んでいます。
昨年度は鹿島建設株式会社と共同でCFT柱の繰返し載荷実験を実施し、繰返し変形に対する劣化性状を確認しました。また、既開発の耐力劣化を考慮できる部材モデルを採用して、再現解析を実施しました。各種実験を参照して部材モデルを高度化することで、超高層建築物の耐震安全性の精緻な評価が可能になります。当社はこれらの評価技術を通じて超高層建築物の安全性確保に貢献していきます。


東京都庁舎地震計システムの構築と地震後対応マニュアルの作成支援

図8 東京都の第一本庁舎、第二本庁舎、都議会議事堂を合わせて被災度判定可能な地震計システム導入に関する設計監理業務を行い、システム構築と応急対応マニュアル作成を実施しました。本システムは、各棟の地震計①と分析装置②をLANで結び、全棟で一つのネットワークを形成し、リアルタイムに観測データの自動解析処理を行い、即座に各棟の防災センターや専用PC③のモニタに全棟分の判定や評価結果を表示します。さらに、外部クラウドサーバ④に観測分析結果を自動アップロードし、メールを担当者に配信するとともに、端末からの確認を可能としました。また、地震後応急対応を行うためのマニュアルを整備しました。各棟低層部の帰宅困難者収容場所については、代表部材の被害事例画像を参照して、簡便に在館利用可否を判定できるチェックシートを策定しました。今後も、実測を基にした地震後対応方法をニーズに合わせて提供し、安全・安心に貢献します。


長周期地震動による都市機能被害の評価—最適なエレベータ復旧方針による機能回復—

図9 南海トラフ地震・津波による被害軽減のため、文部科学省により「防災対策に資する南海トラフ地震調査研究プロジェクト」が実施されています。当社は2020年度より、大都市機能の維持に着目した調査研究業務を、(国研)防災科学技術研究所から受託しています。本研究では、都市部の縦の動線として重要なエレベータを対象として、長周期地震動による被害が都市の機能にもたらす影響を評価し、機能維持の観点で望ましいエレベータの復旧方針について検討しています。
2023年度には、建物やエレベータの被害により平時の社会活動に支障が出る人数を指標として、都市機能の被害を評価する手法を開発しました。また、多様な南海トラフ地震シナリオが都市機能に与える影響や、エレベータの復旧方針と都市機能の回復過程の関係を定量的に評価し、南海トラフ地震が都市機能にもたらす影響についての知見を蓄積しています。当社は今後も引き続き、巨大地震に対する防災対策の高度化に貢献していきます。


構造ヘルスモニタリングの利活用技術の開発—判定結果を用いた面的被害推計システム—

図10 (国研)建築研究所が実施する戦略的イノベーション創造プログラムの研究課題「建築センシングデータ収集・集約技術の研究開発」では、地震発生直後に収集できる構造ヘルスモニタリング(SHM)の被災判定結果を用いて、SHMが設置されていない任意の建物の被害を面的に推計するシステムの開発を行っています。本システムは、地震発生後すぐに建物被害の広がりや分布を精度よく推計することで、応急危険度判定などの災害対応の効率化を目指しています。また、SHMが個別の建物のみでなく地域の防災にも重要な役割を果たすことで、SHMの更なる普及やデータ利活用の契機になると期待されています。
当社は建築研究所から業務を受託し、SHMデータの利活用や広域の地震被害推定に関する知見を活用して、システムの設計と試作、検証を行いました。今後も当社は、これまで培ってきた技術を活かし、わが国の地震災害への対応能力の向上に貢献していきます。