小堀鐸二研究所

2023年小堀研レポート

PDFファイル(約3.5MB)

1923年大正関東地震の首都圏における詳細な震度分布のシミュレーション

図1いまからちょうど100年前、1923年に発生した大正関東地震は、10万人を超える死者・行方不明者を出し、首都圏に甚大な被害を及ぼした相模トラフ沿いの巨大地震です。このような巨大地震は今後も繰り返し発生することが懸念されており、当時の地震動を再現することが防災対策を考えるうえで重要です。

当社では、1923年当時の住家などの被害に基づく震度データから、震源域のフィリピン海プレート上で地震動を強く励起した場所(強震動生成域)を推定しました。さらにこの震源特性を反映し、統計的グリーン関数法により首都圏の詳細な震度分布をシミュレーションしました。その結果は、例えば神奈川県南部や千葉県南部で震度7となるなど、当時の被害に基づく震度を良好に再現できています。これらの評価結果を耐震設計に反映し、首都圏の防災に役立てていく予定です。



超高層・免震建築物の耐震性検討に資する入力地震動評価

図2

2011年に発生した東北地方太平洋沖地震は東北から関東にかけて大きな揺れをもたらし、超高層建築物や免震建築物など固有周期の長い構造物においては、長周期地震動への対応が以前にも増して重要な課題となりました。2016年には国土交通省から、南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動への対策の必要性が示されています。関東地域では、1923年大正関東地震などの相模トラフ沿いの巨大地震への配慮も求められており、建設地域や建築物の特性を踏まえたうえで、周辺で過去に発生した地震や今後の発生が想定されている地震を考慮した地震動評価が重要となります。

当社では、最新の知見を適宜反映しながら、地震動評価技術の開発・整備を進め、超高層建築物や免震建築物の耐震性検討に資する入力地震動評価を行っています。今後も国土交通省など公的機関の動向に注目し、耐震設計の支援を継続していきます。


最先端の地盤弾塑性モデルの習得-若手研究者の海外研究機関への派遣-

図3当社では、各種建築構造の耐震設計手法や耐震安全性の比較、海外の先進的な知見を取り入れたリスク評価などをテーマとした海外との共同研究を実施しており、若手研究者の海外研究機関への派遣や海外技術者の招聘に積極的に取り組んでいます。

2022年度は、カナダ・バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学(UBC)に若手研究者を1名派遣し、地盤工学分野の研究者のもとで最先端の地盤弾塑性モデルとそれを実装した解析プログラムFLAC3Dを用いた液状化解析技術を習得しています。ここで獲得した最新の解析技術を、構造物のより精緻な地震応答評価や耐震設計の合理化検討に適用していきます。また、このような海外の研究機関との共同研究や人材交流に継続的に取り組むことから、国際的な対応力を持った人材の育成に努めていきます。


遠心振動台を用いた動的相互作用実験の3次元有限要素法によるシミュレーション解析

図4建物や杭の地震応答を適切に評価するためには、地盤‐基礎‐建物を連成させた解析が有効です。その際、周辺地盤も立体的にモデル化する3次元有限要素法を用いると、動的相互作用の挙動を詳細に把握できます。例えば、せん断歪みに応じた地盤の剛性低下、地盤‐建物間の接触剥離や摩擦滑りが時々刻々評価可能です。

当社は、直接基礎、杭基礎、パイルド・ラフト基礎の3種の基礎形式の遠心振動台実験を対象に、3次元有限要素法によるシミュレーションを行いました。周辺地盤に加えて建物構造も立体要素で精緻にモデル化した結果、地盤ばねや質点系の建物モデルを用いる通常の解析に比べて、後方面の剥離や隅杭と中杭の応力の違いが表現され、高精度なシミュレーション結果が得られました。これらの知見を、基礎構造の合理的な耐震設計法開発に活用していきます。


既存杭撤去による地盤の緩みの影響把握を目的とした3次元有限要素法解析

図4国土交通省の総合技術開発プロジェクト「建築物と地盤に係る構造規定の合理化による都市の再生と強靭化に資する技術開発」では、既存杭を含む敷地での新築建物の耐震設計法の検討を行っています。当社は、本プロジェクトに開始当初の令和2年度から参画し、耐震設計法の構築に向けてさまざまな解析をおこなってきました。

2022年度は、既存杭引き抜き撤去後に生じる地盤の緩みの影響把握のために、3次元有限要素法による杭の静的載荷解析を行いました。既存杭の撤去位置を基準として、新設杭の施工位置を変えた複数のモデルを作成して、既存杭周辺で地盤の緩みがある場合とない場合の杭頭の水平抵抗を比較しました。それにより、新設杭の施工位置が杭径の6倍以上の位置であれば、緩みの影響はほぼなくなることを確認しました。当社は、今後も引き続き本プロジェクトに参画し、既存杭の活用や撤去の影響を考えた耐震設計法の構築に貢献していきます。


時刻歴地震応答解析による耐震安全性評価-静岡新聞・静岡放送東京支社-

図6静岡新聞・静岡放送東京支社(1967年竣工)は、円筒形の中央コアと両側に跳ね出した片持ち部で構成される、外観に特徴のあるメタボリズム建築です。基礎から屋上まで一体となった中央コアの円筒壁のみが耐震要素のため、一般的に適用される耐震診断基準((一財)日本建築防災協会)の範囲外と考えられました。

そこで当社は、基礎と円筒壁を一体としてモデル化し、構造的な特性を適切に考慮した時刻歴地震応答解析を実施して、大地震時の耐震安全性を評価し、耐震補強基本計画を作成しました。また、耐震補強実施設計では構造監修を行いました。その後、設備更新に併せて円筒壁の屋内側に鋼板と炭素繊維シートを重ねた耐震改修(2022年5月完工)が実施されました。当社は最新の知見や解析技術を取り入れながら、多様な建物形式に対して耐震安全性を評価し、安全性が不足する場合には適切な耐震補強方法を提案しています。


庁舎等の重要建物に対する動的耐震診断と耐震補強検討

図7南海トラフ沿いを震源とする巨大地震は、今後30年以内に70%から80%の確率で発生すると予測されています。また、日本には約2,000もの活断層があり、全国のどこで大きな地震の揺れが起きてもおかしくありません。庁舎、避難所、病院、電力・通信のインフラ施設等の重要建物では、大地震後に建物が倒壊・崩壊しないことに留まらず、機能継続が確保できる、より高い性能が求められます。

当社では、お客様の多数の重要建物を対象に、地震に対する危険度により検討の順位付けをしたうえで、危険度を高めている想定地震に対する地震応答解析に基づく動的耐震診断を行い、建物および杭の耐震安全性を評価しました。また、耐震性が不足する場合には、機能継続を目標とした建物の制震補強検討や、3次元有限要素法による格子状地盤改良の耐震補強検討を行いました。今後も建物や杭を含めた基礎の耐震安全性の評価と向上に取り組んでいきます。


陸上および洋上の風力発電設備の地震荷重評価と経済産業省による審査への対応

図8再生可能エネルギー導入促進の主役として、風力発電への期待が高まっています。現在、陸上と洋上で多数の事業が計画され、当社は高度な解析技術を活用した耐震設計業務の支援に取り組み、約40件(約400基)の事業への経済産業省審査等に対応してきました。

具体的には、陸上・洋上ともに急速に大型化が進む風力発電機に対して、有限要素法による地盤応答解析や地盤ばね評価、風車と基礎・地盤を統合的に評価可能な連成モデルの地震応答解析等によって高精度な地震荷重評価を実施しています。また、当社は液状化に伴う側方流動の可能性がある海岸沿いの計画地等の解析においても豊富な経験を有しています。洋上風力においても、硬岩地盤だけでなく軟弱地盤での地震荷重評価に取り組んでいます。更なる発展が期待される風力発電事業に、引き続き貢献していきます。


洋上風力発電設備の施工法合理化技術の適用性検証プロジェクトへの参画

図8環境省の試算*1によれば、洋上風力は日本の風力発電の導入ポテンシャルの約80%を占めています。しかしながら、海洋上での施工工程が天候に左右されるなど、施工面での課題があります。そこでタワーと基礎を接続する箇所で、現在主に使用されているグラウト接合に比べ、海洋上の作業工程の少ないスリップジョイント(篏合)接合を用いた低コスト施工法を開発し、その適用性を検証するプロジェクトに参画しました。

プロジェクトでは(一財)日本海事協会、鹿島建設株式会社と当社が共同で、実大の1/30サイズの試験体での振動台実験や、(国研)新エネルギー産業技術総合開発機構の助成による実大の1/4サイズの施工・加振実験を実施しました。このなかで当社は、振動解析やデータ分析並びに耐震設計に用いる解析モデルの提案と試設計を担当しました。今後、増加が見込まれる風力発電事業に積極的に貢献していきます。

*1 : 環境省 「令和元年度再生可能エネルギーに関するゾーニング基礎情報等の整備・公開等に関する委託業務報告書」 より


建物安全度判定支援システム『q-NAVIGATOR®』の地震観測の現状と今後

図10建物安全度判定支援システムq-NAVIGATOR®は、2015年から事業展開を進め、今年9年目を迎えました。q-NAVIGATOR®は、地震直後に建物の安全度を「安全」「要注意」「危険」の3段階で判定し、お客様の地震後対応を支援するシステムとして、中低層建物をはじめ超高層建物や免震建物へも適用が広がっています。その用途は、事務所を中心に工場や倉庫、商業施設、病院、校舎、ホテルなどに拡大しており、その数は累計で539棟にのぼっています。(2023年3月末時点)。

本システムはこれまでに1,200回以上の地震を観測し、棟数ベースでの記録数はのべ22,000件以上にのぼります。2018年に発生した大阪府北部の地震や北海道胆振東部地震、2021年と2022年に発生した福島県沖の地震でも多くの建物で揺れを検知し、正常に稼働したことを確認しました。地震直後に現地建物やクラウドサーバ上で判定結果を確認できることから、その後の調査や復旧対応が促進され、お客様より高い評価を受けました。

図10 多くの建物で強い揺れを観測した場合には、建物オーナーやビル管理者のご協力のもと、非構造部材等の被災状況調査を実施し、建物判定との整合性を確認しています。また、判定精度の向上や新たなサービスの開発に向けて、建物で得られた観測記録や被害調査結果に基づく建物応答と被害の関係性や、建物そのものの構造特性による揺れやすさの違いについての学術的研究を進めています。

これからも、地震で得られた観測記録の分析を継続するとともに、クラウドサーバを用いたシステムの機能改善など、さらなる利便性の向上を図ります。そのほか、お客様からの要望に応じて、地震観測記録の分析をまとめたレポートを発行するなど、サービスの充実にも取り組んでいきます。


災害時データの融合による建物点検の効率化-官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)への参画-

図11当社は、PRISMの重点施策の一つである「官民データ連携による応急対応促進」を主管する(国研)防災科学技術研究所に、「災害時における建物の保守・点検員の派遣の効率化のニーズに基づく研究開発」を提案し、採択され、2018年度から5年間の研究開発を行いました。大地震時には、社会活動の再開に向けて、迅速に建物の安全点検を進める要求があり、当社はその効率化のための技術開発に取り組みました。本研究では、震度分布に加え、q-NAVIGATOR®等の構造モニタリングの情報や、点検作業を通じて蓄積される被害情報を融合することで、建物被害を精度よく推定する手法を開発しました。また、被害推定の結果を 地理情報システム(GIS)上で可視化することで、点検作業の効率化を支援するシステムを試作しました。

当社は、地震観測、建物観測、現地調査などさまざまな情報を融合して活用することで、今起こった大地震の様相を早く正確に把握し、災害対応に活かすことが重要と考えています。引き続き、レジリエントな社会の実現を目指して研究開発を進めていきます。